EDAYAのフィリピン工房では、今年に入ってからAirbnbを始めたのだが、アメリカのニューヨークから来たというジョニーがやってきたのは、ちょうど先月のことだった。といっても、ジョニーが泊まりに来る前日に、工房をあとにした私が実際にジョニーに会ったのは、つい今日のことで、直接話をする機会を心待ちにしていたのだった。

映画のエディターだというジョニーは、EDAYAの工房に来るや否や、メンバーのエドガーやライナスと仲良くなり、1週間の滞在ののち、あらよあらよという間に、なんと7月から約半年間、EDAYAフィリピンの活動を手伝うことを決めてしまっていた。私へはどちらかというと事後相談で、手伝うことは前提として、具体的にどういった活動を行っていくか、という内容の相談をしたいということであった。私としては、エドガーとライナスがOKというのだから、まあいいかなと思いつつも、やはり一度きちんと話をきいてみなければ、という思いでもあったので、先方から話合う機会を持ちたいと持ち掛けてきてくれたのは、とてもありがたかった。

それにしても、人の縁というのは、本当に面白い。EDAYAもそろそろ、もっと世界とつながっていきたい、と思っていたタイミングでのジョニーの登場。世の中は誰かが後ろで操っているとしか思えない。本当に絶妙のタイミング。

その思いは、聞けば聞くほど、ますます強くなっていった。というのも、彼がとてもユニークな経歴の持ち主で、しかもとてつもない逸材だったのだ。ハバード大学に理系で入ったというジョニーが次第に興味をいだいていったのが、名もなき人々のストーリーで、そこから歴史に専攻を変え、映画のエディターの仕事に初めて関わったのは、大学4年生の頃だったという。その後、独学でプロのエディターになるための手法を学び、ニューヨークでフリーランスでも生きていけるだけの、人脈とスキルを培っていったらしい。得意とするのはドキュメンタリー。彼がエディターとして入った作品の中でも、代表的なものが、la lagunaというドキュメンタリーで、監督が撮影した120時間を38分の作品に編集していくというとてつもない努力が実り、賞もたくさん受賞している。

27歳の彼がアジアへの旅を決めたのは、本当に自分のやりたいことを改めて探すことがしたかったからだという。ニューヨークでの仕事がひと段落したのを区切りに、ベトナムに行き、4ヶ月を過ごした後、フィリピンでの麻薬取締のニュースを聞いて、実情を知りたいとフィリピンに渡ることを決めたと聞いた。数か月をマニラで過ごしたのち、麻薬で最も腐敗した村として耳にしたTudingに調査に行くことを決め、その時にAirbnbで唯一Tudingが所在地となっていたのが、EDAYA工房のゲストハウスだったことから、訪問を決めたらしい。麻薬が広く流通しているという事前情報から、かなり構えて、恐る恐る来てみたところ、子供たち(EDAYA Bamboo Kids)が竹楽器で出迎えてくれるは、エドガーの料理が出てくるはで、かなりびっくりしたらしい。実際は、麻薬で最も腐敗した村がTudingというのは、デマであり、ジョニーもその後、村の長官へのインタビューに行き、デマだという証言をとってきている。

こうして、なぜかEDAYAに行き着いたジョニーだったのだが、フィリピンの山岳少数民族出身の農村の若者を育てるというEDAYAの教育事業に、これから関わってくれることになっている。若者の成長の過程を映像にするのと、EDAYAのプロモーションビデオ作りを彼にお願いしている。これから半年のEDAYAのフィリピン工房はますますにぎやかになりそうだ。

 

 

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